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最高裁判所第三小法廷 昭和24年(れ)3125号 判決

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人大竹武七郎、同小石幸一、同河野富一の各上告趣意は末尾に添えた書面記載のとおりである。

弁護人大竹武七郎の上告趣意(一)および(二)について。

原判決摘示事実とその引用の証拠、特に原審における証人杉石邦男の訊問調書中同人の供述記載、三原長作に対する昭和二三年五月二二日附検事聴取書中の同人の供述記載、昭和二三年八月六日第一審第三回公判調書中証人加瀬甲子三の供述記載、大石勉に対する昭和二三年五月二七日附検事聴取書中の同人の供述記載、昭和二四年押第五二号の九(共栄労働組合労働協約の写)の記載、その他の証拠によれば、「共栄工業、共栄木材および浜松鋳造所の各従業員は、判示の事情により昭和二二年七月頃から共栄労働組合なる所謂単一組合を組織し、共栄木材の工場の従業員と共栄工業の鹿島工場の従業員とは合一して共栄労働組合鹿島支部を結成し、なお共栄労働組合は同年一一月下旬全日本機器労働組合に加入し、同組合静岡支部共栄分会と称したものであって、共栄労働組合は単一組合であること、共栄工業、同木材および浜松鋳造所と右共栄労働組合との労働協約によれば、右三会社の連合体(以下単に会社と略称する。原判決に会社というもこの意味であること明らかである)と共栄労働組合のみが労働協約の交渉団体であること、および右会社の事実上の意思決定は被告人によってなされ、判示杉石邦男は前記全日本機器労働組合静岡支部共栄分会の副組合長、兼共栄労組鹿島支部長であったところ、昭和二二年一一月二一日に開催された共栄労働組合と会社との経営協議会の席上、組合側が会社の生産計画の説明を求めたところ、会社側は突然共栄工業、同木材、浜松鋳造所の全工場の閉鎖を宣言し、組合側はこれに反対し、全組合員の応援を求め、会社側と折衝の結果、会社側は共栄木材と浜松鋳造所の各工場の閉鎖宣言は撤回したが、同月三〇日頃共栄工業の鹿島工場と阿多古工場の工場閉鎖を組合側に通告してきたため、組合側は組合大会を開き三会社各工場の事業継続を要求し、同年一二月一、二日頃から会社に対し争議に入り、組合側は共栄工業鹿島工場の入口に柵を作り、同工場と、同会社阿多古工場、浜松工場は作業を停止したが、共栄木材と浜松鋳造所は依然作業を継続していたものである。しかしながら、共栄木材の従業員も前記のように組合が単一であるところからこの争議に参加し、杉石邦男は組合長に代って右争議を指導したのである。そうして争議の結果、組合側は共栄工業の各工場の閉鎖を承認し、共栄木材と浜松鋳造所は作業を継続することとし、争議費用は会社の負担ときまった事実」を原審は認めたことが窺われるのである。果してしからば、本件争議の際直接作業を停止したのは所論のとおり共栄工業の各工場のみであって、共栄木材、浜松鋳造所の各工場は作業を継続していたとしても、組合側において特別の意思表示のない限り(この事情は原判決の認定しなかったところである)本件において労働争議は単に直接争議の原因となった共栄工業のみでなく、共栄木材、浜松鋳造所にも共通のものであったというべきである。なお、所論に援用する各証拠は原審の採用しなかったところである。されば、原判決挙示の証拠によれば、所論の共栄木材、浜松鋳造所にも争議のあったことを認め得るのであるから、論旨はいずれも理由がない。

同(三)について。

原審は原判決引用の証拠、特に原審における証人杉石邦男の証言、第一審における証人畑谷実の供述記載、原審における証人加瀬甲子三の供述、および同人の第一審第三回公判調書中の供述記載その他の証拠によって、被告人が昭和二三年二月一六日杉石邦男を同人が判示の争議行為をしたことを理由として解雇した事実を認定しているのであって、右認定が実験則に違背するものとは認められない。そうして杉石邦男に対する解雇の原因として、たとえ同人の勤務する共栄木材の経営不振による過剰人員の整理の事実があったとしても、その解雇にして同人の判示争議行為をしたことが条件となっている限り、昭和二四年法律第一七五号による改正前の労調法第四〇条にいわゆる争議行為をしたことを理由として解雇したものというを妨げない。次にまた、原判決引用の前掲各証拠は、右各証人が自らそれぞれ見聞した事実に因り同人等が推測した事実を供述したものであって、単純な想像または風聞による推測に関するものではないから、原審がこれを証拠としたことに違法はない(昭和二三年(れ)第九〇一号、同年八月九日第一小法廷判決参照)。

同(四)について。

第一審第三回公判調書中、第二五九丁と第二六〇丁との間に立会書記の契印がなく、しかも原判決の引用した第一審における証人加瀬甲子三の供述部分が正に右丁数に当る部分に記載されていること所論のとおりであるが、公判調書に立会書記の契印を欠く場合と雖も、直ちに以て右公判調書の無効をきたすものではなく、裁判所は諸般の情況を勘案してその調書の成立および内容の真否を判断して、その自由裁量によってその効力の有無を判定すべきものである(昭和二三年(れ)第一二七七号、同年一二月一八日第二小法廷判決)。そして記録を調べてみると、右公判調書の二五八丁裏と二五九丁表との間、および二六〇丁裏と二六一丁表との間には立会書記の契印があり、右二五九丁の表と裏、および右二六〇丁の表と裏はおのおの表裏一体をなし、その調書記載の筆跡も同一と認められるから、右公判調書はその末尾に署名捺印した裁判所書記増井留吉が正当に作成したものと認むべく、その証拠力において何ら欠くるところはない。

同(五)について。

原審は所論の各証人の証言を証拠として採用せず、また被告人の杉石邦男に対する解雇が昭和二三年二月一六日以前であったとの事実は認定しなかったところである。所論は原審裁判官の自由裁量に委ねられている証拠の証明力に対する判断を非難するに帰し、採用することができない。

同(六)について。

論旨は原審の採用しなかった所論各証拠に基いて、原判決引用の昇給計算書、越年資金計算書の証明力に対する原審裁判官の判断を非難するものであって、理由がない。

なお、論旨は、原審は以上論旨(三)乃至(六)において主張するように、違法な各証拠を綜合して事実を認定したものであって、到底破棄を免れないと言っているが、論旨(三)乃至(六)の理由がないことは以上説明したとおりであるから、この論旨もまた理由がない。

同(七)について。

本件労働争議が単に共栄工業にのみ存したものではなく、被告人の勤務する共栄木材、および浜松鋳造所にも共通するものであり、その当事者は共栄労働組合と会社であったことは、既に論旨(一)および(二)において説明したところである。そして、所論の、本件争議行為の当時、浜松鋳造所従業員は単一組合たる共栄労働組合を脱退し、杉石邦男の勤務する共栄木材株式会社の従業員は争議目標なく、争議不参加の態度を明確にしており、結局本件争議行為当時においては共栄組合なる単一労働組合は存在しなかったとの事実は、原審の認定しなかったところである。次に、被告人が杉石邦男を解雇したのは昭和二三年二月一六日であって、それは同人が判示の争議行為をしたことを理由とするものであること、既に論旨(一)、(二)および(三)において説明したところであり、また原審の適法に確定した事実である。従って原審が、被告人の判示所為を昭和二四年法律第一七五号による改正前の労調法第四〇条を以て処断したことは正当である。所論は結局原判決に副わない独自の事実を主張して、原審の事実認定、法律判断を非難するに帰し、採用することができない。

弁護人小石幸一の上告趣意第一点について。

論旨は事実誤認の主張であって適法な上告理由とならない。

同第二点の(一)について。

論旨は、労働争議のあったのは共栄工業のみであるのに、原判決は虚無の証拠によって共栄木材、浜松鋳造所にも争議があったとしたもので、理由不備の違法があると言うのであって、その理由がないことは大竹弁護人の論旨(一)および(二)において説明したとおりである。

同第二点の(二)について。

論旨は、原審は杉石邦男に対する解雇の理由について、原判決引用の証拠によって判示のように認定したが、その証拠の採用について採証法則違背の違法があると言うのであって、その理由がないことは大竹弁護人の論旨(三)において説明したとおりである。

なお、論旨は、原審が原審証人の供述を採用せずに該証人の第一審および検事に対する供述記載を採用したことを以て、採証法則違背であると主張するが、証拠の取捨判断は事実審たる原審の裁判官の自由裁量に委ねられているところであるから、原審が原審証人の供述を採用せず、該証人の第一審における供述記載、またはその検事聴取書中の供述記載を採用したからといって、何ら違法はない。また、第一審公判調書中の証人の供述の記載内容が虚偽であるという証拠はなく、第一審における各証人は原審においていずれも再訊問されていること記録上明らかであるから、この点の論旨も、結局原審の証拠の採否を争うものであって理由がない。

同第二点の(三)について。

原判決摘示事実はその引用の証拠と対照して読めば、共栄木材その他二会社の取締役社長または代表社員であり、これ等の会社の職員および従業員に対する人事権を掌握している被告人が、昭和二二年一二月初旬から同二三年二月七日までの前記三会社の労働争議に当り、共栄木材の従業員である杉石邦男が判示共栄労働組合の組合長代理として争議行為の指導をした(原審が何を以て右争議行為の内容たる行為と判示したかは前記大竹弁護人論旨(一)及び(二)についての説明参照)ことを理由として、同人を解雇したことおのずから明らかである。そして改正前の労調法四〇条違反の判示方法としては、使用者がその雇傭中の労働者を同人がした争議行為を理由として解雇したことを判示すれば足るものであって、所論のように争議の内容まで詳細に判示するとか、被解雇者がその争議の際如何なる行為を担当したか、或いはまた、使用者がその行為を不快に思って解雇したものであるとの事実まで判示する必要はない。されば論旨は理由がない。

同第三点について。

検事の公訴事実も、原審の認定した事実も共に、被告人が判示杉石邦男を同人が争議行為をしたことを理由として昭和二三年二月一六日解雇したことには変りがないのであって、唯両者は杉石邦男のした争議行為の法律判断およびその回数において異るに過ぎないものであるから、改正前の労調法四〇条に違反する解雇としては単一かつ同一の事実と認むべきである。されば、原審には原審の請求を受けない事件について審判した違法はない。なお、論旨の理由ないことについての評細は、弁護人河野富一の上告趣意第八点において説明するとおりである。

同第四点について。

改正前の労調法四〇条は、労働者が雇傭関係のない他の事業場における争議行為に関与することまでを保護するものでないことは、所論のとおりであるが、原審は本件において杉石邦男の勤務する共栄木材にも争議のあったことを認定し、同人が右争議に当り争議行為をしたことを理由として被告人が同人を解雇したという事実を、被告人に対する本件犯罪行為としているのであるから、それが改正前の労調法四十条に該当すること明らかである。所論は、共栄木材に争議のなかったことを前提とするものであって採用することができない。

弁護人河野富一の上告趣旨第一点について。

論旨は、原審が漫然杉石邦男に争議行為があると判示し、その具体的説明をしないのは理由不備であると言うのであるが、その理由がないことは大竹弁護人論旨(一)および(二)において説明したとおりであって、更に附言すると、原審は、本件労働争議の当事者は判示三会社の聯合体である労働協約にいわゆる会社と、右三会社の全従業員を以て組織する共栄労働組合であって、共栄木材にもその争議は共通であったこと、その争議の目的は会社側の工場閉鎖反対、但し直接には共栄工業の各工場の閉鎖反対であったこと、争議行為の内容とせられる行為は組合側による共栄工業の各工場の作業の停止であったことを判示しているのである。なお、論旨にいう労働争議の当事者としての従業員とは個々の従業員ではなく、団体交渉権の主体としての従業員その他を以て組織された労働組合である。従って個々の従業員についてたとえ争議行為がなくても、その従業員の属する労働組合に争議行為があれば、その事業場に労働争議があったものといえるのである。されば論旨は理由がない。

同第二点について。

論旨は、原判決には被告人の杉石邦男に対する判示解雇が同人の争議行為を理由とするものであることについて、適確な理由を示さない理由不備の違法があると言うのであって、その理由がないことは大竹弁護人論旨(一)、(二)および(三)において説明したとおりである。

同第三点について。

論旨は、杉石邦男の勤務する共栄木材に労働争議があったとした原判決は、事実誤認または法律の解釈を誤った違法があると言うのであって、その理由がないことは大竹弁護人論旨(一)および(二)において説明したとおりであるが、更に個々の論旨について附言すると、

その(一)について。

たとえ共栄木材の従業員と同会社との間に主張の対立がなかったとしても、同会社従業員の加入する単一組合である共栄労働組合と労働協約にいわゆる会社との間には、共栄工業の各工場の閉鎖をめぐって主張の対立のあったこと、原審の判示するところである。そして団体交渉の当事者が単一組合と単一会社(大竹弁護人論旨(一)および(二)においての説明参照)である以上、その単一組合、単一会社に属する各支部組合、各支部会社はそのうちいずれかに労働争議があれば、直接争議行為のない他の支部組合、支部会社も亦、その争議の当事者となると解すべきである。なお、所論の原審証人出沢馨の証言は原審の採用しなかったところである。されば論旨は理由がない。

その(二)について。

共栄木材、浜松鋳造所に争議行為がなかったとしても、共栄工業の各工場において作業停止の争議行為があった以上、右(一)において説明したとおり共栄木材にも争議があったというべきである。なお、静岡地労委の斡旋による本件争議調整の際の契約書に、当事者の表示として全日本機器労働組合静岡支部共栄分会と共栄工業会社々長上野輝雄と記載されていても、右は単に地労委の見解を示すに過ぎない。されば論旨は理由がない。

その(三)について。

論旨は、地労委の検事に対する処罰請求書には争議は共栄工業に関するものであるとしているのに、原審が、被告人は共栄木材の争議行為に因り杉石邦男を解雇したと認定したことは、処罰の請求を受けない事実に対し審判した違法であると言うのであるが、その理由がないことは小石弁護人論旨第三点において説明したとおりであり、また右は事実誤認であるとの主張については、本論旨冒頭において説明したとおりである。

同第四点および第五点について。

本件において直接争議行為のあったのは共栄工業であったが争議のあったのは三会社共通であること、杉石邦男はその争議に当り争議行為をしたことは、大竹弁護人論旨(一)および(二)、並びに前記河野弁護人論旨第三点において説明したとおりであり、また原審もこのように事実を認定しているのであるから、論旨はいずれも理由がない。

同第六点について。

原審は争議行為のあったのは共栄工業だけであるが、争議は共栄工業、同木材、浜松鋳造所三会社に共通であったと認定していること大竹弁護人論旨(一)および(二)において説明したとおりであって理由がない。なお、論旨は、共栄工業、同木材、浜松鋳造所の三会社はそれぞれ独立の人格を有する別個の会社であるから、共栄工業の争議行為を以て他の二会社の争議となし得ないと言うが、右三会社がそれぞれ独立の人格を有する別個の会社であることゝ、三会社がそれぞれ独立に団体交渉の当事者となり得ないこととは別個の問題である。そして本件において、三会社はそれぞれ独立に団体交渉の当事者たり得ず、三会社を一本にした経営体(会社)のみが団体交渉の当事者たり得ること前述のとおりである。従って労働法上共栄工業のみの労働争議ということはないのである。次にまた、論旨は労働組合が単一組合であるという理由では、三会社の従業員は全会社に対し労働関係の当事者たる地位を取得しないとの見解を主張するが、論旨の引用する設例はいわゆる連合団体たる労働組合とこれを構成する単位組合との関係であって、本件の共栄労働組合は連合団体たる労働組合ではなく、また各会社各工場の共栄労働組合各支部は単位組合ではない。即ち本件において右の共栄労働組合各支部は独立に団体交渉の当事者となり得ないものである。従って単一組合である共栄労働組合が争議に入れば、その各組合支部はこれから脱退しない以上当然争議に入り、更にまた各支部組合のみが独立に争議に入るということもないわけである。本論点二は、また、労働争議の当事者を従業員の団体である組合とせずに従業員個人とする謬論である。畢竟、論旨は判示三会社の労働争議のなかったことを論証せんとするものであるが、いずれも独自の見解によるものであって採用することができない。

同第七点について。

会社側の共栄工業各工場の閉鎖宣言は経営不振に基くものであって、それ自体争議行為でないことは所論のとおりであり、原審も会社側の共栄工場の工場閉鎖宣言が会社側よりする争議行為であるとは認定していない。しかし共栄労働組合がその雇傭契約の継続を求め、工場閉鎖に反対し、会社側が右組合の要求に応じない場合は、ここに当事者の主張の対立があるのであるから、原判示のように共栄工業の各工場において、或いは柵を設け、または従業員がその作業を停止した場合は、その会社の業務の正常な運営を阻害すること当然である。また会社側の経営不振による一方的工場閉鎖の場合は、従業員に対する雇傭契約は依然存在し、争議の結果、会社側は工場閉鎖を撤回し、将来その雇傭関係が継続することがあるわけであって、所論のように会社側の一方的工場閉鎖宣言によって必然的に、雇傭契約の終了があったとみるべきではない。されば、原審が共栄工業に争議行為があると認定したことに所論のような法律の解釈を誤った違法はなく、論旨は理由がない。なお、論旨中、事実誤認の主張は適法な上告理由とならない。

同第八点について。

静岡県地方労働委員会の検事に対する処罰請求書には、被告人は昭和二三年二月一六日杉石邦男を、同人が昭和二二年一二月二日より昭和二三年二月七日に至る間共栄工業株式会社の争議に当り、争議行為をしたことを理由として解雇したものであるとあり、また、検事の公判請求書には、被告人は昭和二三年二月一六日杉石邦男を、同人が昭和二二年七月二三日より同年八月六日までと、同二三年一二月初旬より同年二月七日までの二回に亘る労働争議に当り、争議行為をしたことを理由として解雇したものであると記載されていて、杉石邦男のした争議行為の回数に相違のあること所論のとおりである。しかし本件に関する改正前の労調法四〇条違反の犯罪構成要件は、使用者がその雇傭中の労働者を同人がした争議行為を理由として解雇したということにつきる。そして本件においては、被告人が昭和二三年二月一六日杉石邦男を、同人が判示共栄労働組合員として会社に対し争議行為をしたことを理由として解雇したとの基本たる事実関係において、両者異るところはない。唯、杉石邦男のした争議行為の回数において相違あるに過ぎず、これとて、地労委の処罰請求書に掲げてある争議行為を全然不問に附したものではなく、唯その期間の争議行為に他の期間の判示共栄労働組合の争議行為を附加したものであって、右は公訴事実の同一性を害するものではない。されば、検事が地労委の請求をまたず公訴を提起したとの所論は採用することができない。次にまた、原審が、被告人が昭和二二年一二月初旬より同二三年二月七日に至るまでの労働争議における杉石邦男の争議行為を理由に、同人を解雇したことを認定していること所論のとおりであるが、本件においては杉石邦男のした争議行為の回数の多寡にかかわらず公訴事実は同一であること前述のとおりであって、地労委の請求、検事の公訴、原判決認定の各犯罪事実は同一であるから、原審が公訴なき事実について有罪の判決をしたとの主張も採用することができない。されば論旨は理由がない。

同第九点について。

被告人が杉石邦男を、同人の判示争議行為以前から解雇する意思があって、そのために解雇したものであるとの事実は原審の認定しなかったところである。論旨は畢竟、原審の専権に属する事実認定を非難するものであるか、または原審裁判官の自由裁量に委ねられている証拠の証明力に対する判断を攻撃するに帰し、前者は適法な上告理由とならないし、また後者はその理由がない。

よって、本件上告を理由ないものと認め、旧刑訴四四六条に従い主文のとおり判決する。

以上は当小法廷裁判官全員の一致した意見である。

(裁判長裁判官 長谷川太一郎 裁判官 井上 登 裁判官 島 保 裁判官 河村 又介 裁判官 穂積重遠)

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